蔵の中を見渡すと、カビのようなものがたくさん付いています。この中で食べ物を作るのは不衛生だと思う方もいるでしょう。しかし、これが本来の醸造場の姿なのです。桑田醤油では、速醸法(醸造を人工的に早める方法)ではなく、四季を感じながら1年半以上、ゆっくり、じっくり諸味を醗酵・熟成させていきます。だからこそ、有効微生物が住み込んでいるこの蔵の板や壁や杉樽1つ1つが宝なのです。1平方センチの中に、約1憶数千万の微生物がいるといわれています。今の味があるのは長年受け継がれてきたこの蔵の有効微生物のおかげなんです。古くなったら壊す、なんてことは簡単ですが、昔ながらの醸造法で同じような味を造るには、その蔵が歩んできたのと同じだけの莫大な年月が必要となってくるのです。この時間が醸造にとって最も大切な要素であり、原料、製法以上のウエイトを占めていると言っても決して大げさなことではないんです。
醤油の基本は、一に麹、二に櫂入れ、三に火入れ。その中でも、一の麹の部分が非常に大事で、これの良し悪しが最終的な「味、香り」に大きく左右し、途中での修正はほとんど絶望的です。ここからは、人間が手を出す部分は極僅かで、微生物の営みに任せるしかありません。時々、櫂を入れてやるぐらいで、諸味が暑くても、寒くても何もできないのです。大手の醤油屋さんは空調設備がありますが、ここにはそんなものはありません。何の機械設備のない開放の杉樽での自然発酵。ほとんど微生物に育ててもらってるようなものです。実は、この方法がうまい醤油をつくる一番の方法だと確信しています。冬に仕込み、夏に近づくにつれ醗酵は活発になり、秋には風味がでてきます。冬には諸味温度は2度まで下がりじっとしているようですが、耳を澄ますと「プチプチ」と諸味の息遣いが聞こえてきます。一日一日旨みが増していくのを感じられます。諸味の出来を確認して圧搾が出来るまでに1年半以上、本当に気の長い仕事なんです。